RIETVELD by rietveld リートフェルトの家具復刻プロジェクト


デ・ステイル、シュローダー邸について


シュローダー邸(2000年 世界文化遺産)
シュローダー邸は、リートフェルトによって設計され1924年にユトレヒト市内の閑静な住宅地に完成しました。この住宅は、「レッドアンドブルー」と同様にリートフェルトの名前を最も有名なものにした代表作です。その作風は、デ・スティルの思想をそのまま建築で表現したものになっています。
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この住宅のクライアントであるシュローダー夫人は、夫である弁護士のシュローダー氏の顧客の一人であった宝石商のC・ヘベールが店舗の内装をリートフェルトに依頼していたことから、シュローダー夫妻の邸宅内の小部屋の改装を依頼されることになった。シュローダー氏の死後、シュローダー夫人が3人の幼い子供と暮らす家をリートフェルトに依頼した。それが世界遺産である「シュローダー邸」なのです。


シュローダー邸が建てられてから約60年後の1982年のインタビューで、クライアントであったシュローダー夫人は、次のように語っています。

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「特にモダンなものを強く希望していたわけではありませんが、モダン志向であったことは確かです。しかし、斬新な住宅を希望してリートフェルト氏に依頼したわけではありません。
以前に依頼したビルストラートの小さな部屋の改装を実によくやってくれたので、彼なら私を助けてくれるに違いないと思いました。
当時は、子供が卒業するまでユトレヒトにいて、その後はアムステルダムに移ろうと考えていました。ですから、その間の仮住まいを購入したり、建てたりするという考えはありませんでした。少し改装できる家を借りたいと思っていたのです。それがリートフェルト氏に依頼した最初の目的でした。」 実際には、改装可能な家を見つけることは困難であることが判明し、リートフェルトの提案に従って、シュローダー夫人は家を建てることにしました。それが「シュローダー邸」なのです。

シュローダー邸
シュローダー邸
<< 建築の特徴 >>
建物は、間口10メートル、奥行き7メートル、高さ6メートルの2階建ての住宅として建てられました。
シュローダー邸
1階には台所や書斎、仕事部屋、メイド室など実務的な部屋を集中させて、2階はリビングエリアとして、家族が集うスペースとして設計されました。 1階のホールの右手は居間兼台所。ホールの左手には書斎。奥にはスタジオがあり、リートフェルトは1932年までそこを仕事場として使用していました。
シュローダー邸

ライディングウォールで間仕切られるよう設計されました。建築当時はシュローダー夫人の子供たちもまだ幼かったため、スライディングウォールを収納してしまえば、すべての部屋に夫人の目が行き届き、子供たちと長い時間を過ごすことができるよう配慮されていました。階段室の真上にはトップライトを配置し、さらに2階の南東の角には、窓が垂直に突き当たるようになっており、その窓を開け放つと窓枠はなく、完全にオープンな空間となって、室内にいても外にいるような開放的な空間になっています。

シュローダー邸
シュローダー邸

広報と材料については、在来のものと近代的なものを組み合わせています。建物は、コンクリートの柱と何層もの梁で支えられています。

レンガ積みの壁はI型鋼の梁で補強され、プラスター仕上げになっています。

床、屋根組、窓枠には木材を使用している、I型鋼の梁で支えられているバルコニーだけにはコンクリートが使われている。屋根は陸屋根で、アスファルト放水が施されている。全般には在来工法を採用したのは、現実的は配慮からでした。

シュローダー邸
リートフェルトとしては、外壁にコンクリートを用いたかったのだが、当時はコンクリートの工法はあまりにも複雑で、なおかつ高価だったためにそれほど用いることはしなかった。リートフェルトはデザインを実現化するにあたり、どのような材料や工法を用いるかについては、それにこだわりすぎることは決してなかった。
シュローダー邸
シュローダー夫人は、亡くなる1985年までの生涯をこの家で過ごしました。彼女はそのライフスタイルの変化に合わせて建物を改装しましたが、そのすべてはリートフェルトの指示に全面的に従ってなされました。1986年に、建物はその多くの部分が1920年代当時のように復元され、現在ではユトレヒトセントラルミュージアムの管轄になっており、見学が可能になっています。

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